SHIINBLOG

ADHD&アーレン症候群 ノビ子の挑戦

ADHDでもアーレン症候群でも社会で上手に生きるために色々なアイデアをひたすら試すブログ。有益な情報交換の場になればいいなと思います。昨日よりもうまくいく1日に!http://www.adhd-world.com ご連絡はこちらまで!nobinobiko2@gmail.com

挑戦

人生はやっぱり平等じゃないし運もあるって思う。

生まれながらにして決まってることは山ほどある。

そういう「変えられないこと」を考える時うんざりする。

自分のことだけに限らずあらゆることで。

 

だけど結局はその初期設定の中で

生きていくしかないのだと思う。

その初期設定は変えられないけど、

「その設定を前提にどんなストーリーをつくっていくか」

という部分に、わずかに自由は存在してる。

その自由をデザインすることが

自分らしく生きるってことかなと

最近やっと思えるようになった。

変えられないことは、

多分そのままにしておけばいいと思う。

 

だから。

 

アーレンレンズをかけていろいろな場所に出かける。

障害者以外が集まる場所に。

 

変えられないもの以外を変えたいと思った。

今までは避けてた。勇気が持てなかった。

自分は受け入れられないだろう。

でも思った。

自分ですら受け入れていなかったんだし

受け入れられなくても普通だしまあいいかって。

 

初対面の人になぜ?と聞かれるたびに

毎回障害の事を説明するけど

してもあまり理解されなかったり。

自分がそこにいるのが場違いな気がして気後れしたり。

サングラスと勘違いされて絡まれたり、

からかわれたり、笑われたり。

気にしないよって言いながら

気にしてるのがわかったり。

やってみると想像通りに面倒くさくて

やっぱりうんざりした。

なにがってうんざりしている自分に一番うんざりした。

 

でもそんなことよりも何倍も強く感じた。

やりたいことをやる自分でいることの楽しさ。

新しい事の顛末が想像できないことの楽しさ。

自由でいる事を私は今まで想像したことが

なかったのかもしれない。

 

「管理が苦手」をアプリで解決

最近いれてかなり日常に役立ったアプリ。

アプリっていっぱいあるし色々いれるけど本当に

使い続けるものってそんなに多くない。

でもこれは今後も使うと思う。

 

「いつやった?」

https://apps.apple.com/jp/app/%E3%81%84%E3%81%A4%E3%82%84%E3%81%A3%E3%81%9F/id1344466424

 

スケジュール把握。とても苦手。

何をいつしたか?っていう過去のことは

特に覚えていられない。

今週いっぱいだけの予定とかなら

まだ覚えていられても

例えば定期的に何日おきに繰り返す予定など

そういうのを覚えているのってものすごく難しい。

でもやり忘れてもいけないし。。

 

そんなときぴったりのアプリ。

例えばこんな場面

ー最後に髪切ったのいつだっけ

ー最後にフィルター交換したのいつだっけ

ーあの薬飲んで何日経ったっけ?

ー病院いってから何日たった?=次はいつ?

こういう事って忘れてはこまるものの

一々書き留めるのもなんとなく

面倒くさく忘れてしまいがち。

書き留めても「書いたこと自体」

覚えてないから結局意味がなかったり。

マンスリーでもいつだったか??

ぱっとは見つけられない。

そんな問題を解決してくれるアプリ。

 

使い方はとても簡単でシンプル。

やったことと日付を入力するだけ。

そうするとあとはアプリが勝手に

経過日数を計算して

「○○=〇days ago」と表示してくれる↓

f:id:nobiko-adhd:20191102232944j:plain

項目はいくつでも設定できて

複数の予定が管理可能。

 

最近はこんな用途にも使ったり↓

ーお酒をやめよう!→最後にのんだ日がわかる

 =何日やめられているのか?一目瞭然

ー運動を続けたい!→最後にやった日がわかる

 =何日続いてるかわかる

 =さぼった日数までわかる

 

シンプルながらかなり汎用性が広く

日常サポート度が高かったです。

リマインダ機能もあるので安心して忘れられる。

管理的な事が苦手だけど

これはその部分をかなり補ってくれた。

福祉について

たとえば小学校で、福祉教育がもう少しあってもいいのになと思う。

例えば白杖全盲の人だけでなく

ロービジョンや耳が聞こえない人でも持つことがある事や

ヘルプマークの意味や小児用の車いすがある事なんかを。

なぜっていつ誰が障害者になるかは誰にもわからないことだから。

それは自分の大切な人かもしれないし、自分かもしれない。

そして知らないというだけで悪意なく他人を傷つけることがある。

知らないということは意図せず果てしない隔たりを生んでしまう。

そういう悲劇を生まないために教育がいかされてもいいと思う。

 

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 注意欠陥・多動性障害へ
にほんブログ村 病気ブログ 視知覚障害へ