SHIINBLOG

プロジェクトadhd ノビ子の挑戦

ADHDでも社会で上手に生きるために色々なアイデアをひたすら試すブログ。ADHDの有益な情報交換の場になればいいなと思います。昨日よりもうまくいく1日に!http://www.adhd-world.com ご連絡はこちらまで!nobinobiko2@gmail.com

小学校時代を支えてくれた友達

私には小学生時代向かいの家に住んでいるKちゃんという親友がいました。

忘れ物が多く、今思えば典型的にADHDだった私と6年間ずっと一緒に過ごして

くれた友達です。Kちゃんはしっかり者で私とは正反対。

約束の10分前には必ずスタンバイ、夏休みのラジオ体操は一番乗り、

もちろん忘れ物なんて皆無。

毎日一緒に登下校して、休み時間もいつも一緒でした。

毎日忘れ物をする私に嫌な顔一つせず貸してくれるKちゃん。

次の時限の場所の先生の指示を忘れ1人校内を彷徨ってしまった時も

探しに来てくれたKちゃん。

当時からなぜ自分と仲良くしてくれるのか不思議で仕方がなかった。

今も不思議です。

 

コンサータを飲みだして2日目にてきぱき用事をこなせる自分に

突然Kちゃんのことがダブって思い出され、涙が溢れました。

6年間という長い間思えばずっと私のことをささえてくれていました。

(自分はいろいろなことができていると勘違いしていた事に服薬でやっと気付いた)

彼女のおかげで私は小学校を卒業することができました。

たとえば・・・

・登下校の時、今日は〇〇があるよ!と忘れ物しないように教えてくれたから。

・朝が苦手な私と毎日一緒に登下校してくれたから。

・忘れ物をしてもこっそり貸してくれたから

・先生の指示を忘れ行くべき教室がわからなくて泣きそうな時探しに来てくれたから

いまから考えればKちゃんがいなければ卒業がむずかしかったかもしれません。

 

忘れ物や授業の時間に間に合わず親や先生を困らせ問題が多い子供だと

呼ばれていたでしょう。

飽きっぽく学校へ行くことがイヤになっていたかもしれない。

拘束に堪えられず通えなかったかもしれない。

鍵を忘れて家に入れない時も、、

いつも一緒に遊んでくれたおかげで共働きの両親でかぎっ子でも

寂しく思うことがあまりありませんでした。

 

そんなに助けられていたことすら当たり前に忘れてしまっていたこと。

Kちゃんという素晴らしい親友に恵まれていたこと。

自分の情けなさと友達に恵まれていたことの両方に気付き辛さとうれしさの混じった

気持ちになりました。

今どうしているのだろうかと思いストーカーみたいですが、

ネットで名前を入れてみました。

フェイスブックに居酒屋?で飲んでいるKちゃんの笑顔がありました。

とても嬉しかったです。

周りのひとに迷惑をかけながらさりげなく支えられつつ生きてきたこと。

当たり前のことに気付けたことだけでも服薬して本当に良かったと思いました。