SHIINBLOG

プロジェクトadhd ノビ子の挑戦

ADHDでも社会で上手に生きるために色々なアイデアをひたすら試すブログ。ADHDの有益な情報交換の場になればいいなと思います。昨日よりもうまくいく1日に!http://www.adhd-world.com ご連絡はこちらまで!nobinobiko2@gmail.com

報われない努力なんかしたくない

昨日読んでいた本や最近読んで共感した本で共通して

書かれていることとして

会社に依存しない生き方をするためにはスキルを身に着ける事が

絶対に必要だという事があり(当たり前のことだけど)

そしてやっぱりそのとおりだと思う

(わかっていたけどすごく納得したって感じ)

 

働き方には2種類あるという話で。

①「特別なことはできなくても1つの場所にとどまって

まわりとの協調性を大事にしてやっていく」生き方 と、

②「何かの技術を身に着け、それを頼りに色々なところを

 転々とする」生き方

 

自分は後者でないと絶対に無理だと思った。

 

自分にとって、、

まわりの人間や特定の環境との協調はハイレベルで、

それならまだ専門性を高める方が容易に思えたから。

ADHDだからなのか、

1つの場所にとどまることや協調することが

極端に苦手な性質がある。

子供のころからずっとそれは変わっていない。

学校も座り続けることが苦痛で不登校になり、

高校卒業も危なかった。

普通の高校に通えず通信制で何とか卒業したけど

いまでも学校は好きじゃない。

高校なんか行かなくていいなら行きたくないと思っていた。

毎日同じ場所に同じ時間に行き座ることの難しさで

青春はかすみ遠ざかり縁遠いものだった。

いまだに青春とか若い時とかいわれてもピンとこない自分がいる。スカートを短くする話題とか、

誰と誰が付き合っててとか。

ごめんなさい。すべてついていけない話題(理解できない)だ。

逆に不安定(収入もふくめ)なことや環境がころころ変わることは苦にならない。

むしろワクワクできる。

 

ADHDの症状として頻回の転職、転居、結婚、

交際相手を変える、失踪、依存症、ギャンブルなどが

みられるという。

そういった、普通からすれば危機的な状況にわざと身を置くことで

ドーパミンが働くから無意識にそうしてしまうらしい。

10代最後の年。

突発的に衝動的に誰にも行方を告げずに行方不明になって

警察に探される中一人で新しい街でくらしはじめた。

会社にも家族にも何一つ告げずに。

その時私はかつて経験したことがない高揚感を感じたものの

今思えばADHD(服薬前)だったなあと思うし

とても心配をかけたことは申し訳ないとおもいながらも

最高にいきいきとしていた。

青春なんて無縁な自分とはおもえないぐらいに(笑)

一言でいえばエキサイティングそのものでしかなかった。

それがいいことかどうかは別としていまでも

その感覚は忘れていない。

 

こういうことは①の生き方がいいとされる世界では欠点になってしまうんだろうけど。

「あいつはなにをやらせても続かない」

「あいつはきまったことができない、

 あてにならないからなにもさせるな」

そんな風に言われるかもしれない。

 

でも。。。

②の生き方であればそれを長所にできるかもとも思う。

「同じやり方に疑問をもつこと」や

「新しい挑戦に物怖じしないこと」など。。。

 

それを無理に①の生き方をしようとするとやっぱり歪んでしまう。

 

「自分の短所が短所にならない世界を手に入れるためになにかを見切ること」

は必要なことだと感じた。

 

もしも①の人たちが。

②の生き方を強要されたら

生活が不安定なことや先々がみえないことによるストレスで

参ってしまうかもしれない。

来月の収入がいくらかわからない生活。。。

毎日違う人にあって違う場所へいくことなんかもすべて含めてが。

 

だから、

①のひとは①のフィールドで輝けばいいし

②の人は②のフィールドに頑張ればいいと感じる。

 

スマホガラケー派がいるように働き方も○○派っていういろんな

パターンがあっていいんじゃないかなーと思う。

自分がどういう生き方、暮らし方をしたいかだけをに考えてみたことが今までなかった。

どういう職種が向いてるか?とか、、、。

そういうことは山ほど考えたことがあったのに。

 

いろんな経験、仕事をしてみてあうあわないを感じてみてから。

スキルが必要なら身に着ける。

こういう努力をして初めて②のタイプは報われるんだろう。

ある意味とても地道だし地図もないからむしろ楽ではないと思う。

もしかすると、目的地がみつからないまま時間がどんどん過ぎるかもしれないし。

 

でも、それ以外の①の生き方に必要な

浮かないように電流が走るイデアでも

引っ込めておとなしくする事とか。

週休2日でもなんとか健康でいられるように

ひたすら運動したり眠る事とか。

そういうのって。

果たして必要なのかな??と感じてしまう。

頑張ったところで報われない予感がすることを、

自分はやっぱり頑張れない。

 

そういうことをがんばってもくたくたになって

せいぜい周りと同じかどんなにやっても

それ以下にしかならなかったという

子供のころからの経験とか最近の経験がそうさせるからだ。

 

 

今の若い子供たちにはやい段階から自分は1、2の働き方

どちらなのかだけでもわかったらいいのにねと思う。

大いに役に立つよねと思う。

職種だとかなんとかの前の大前提だなって思うから。

自分はもっとこの概念に早くきがついて方向転換し

努力や集中力を正しい方向に向けるべきだったと思う。

どのフィールドで生きるか。

飛ぶのか、泳ぐのか、歩くのか。

努力とは別の次元のストーリーで。

魚は水の中で泳ぎ、鳥は空で羽ばたいて、

人は地上で発展するのと同じ事だと思う。

鳥を海に沈めたり、魚を空中に放り投げたり。

そういうことってどう考えても不自然なことだけど

似たような事が毎日どこでも起きている。

 

「なんの仕事か」の前に「どういう働き方をすれば生きられるのか」ということ。

 

今月は仕事について考えることがテーマだった。

漠然とそれはやってきたつもりだったけど、今まではただ不安を抱いていただけ。

でも一つの指標を(仕事、働き方についての本を10冊よむ)

を実践してまた新たな1つの考えを見つけることができた。

集中的な読書はエネルギーも必要だけど、

そのぶん一種の旅のようでとても楽しい。

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